最近、どんどん暑くなってきましたね。
うちの子たちも案の定、汗だくです。
――また今年も来ましたよ。
リビング温度戦争の季節が。
エアコン温度設定、誰のため?
我が家(というか元我が家)は、
子どもが暑がっていても、

寒いんだけど!下げすぎじゃない!?
と、怒ってくる人がいました。
そう、どこに出しても恥ずかしい
あれこれ押し付けがましい夫その人です。
こども▶︎汗で髪びっしょり、背中もしっとり
夫▶︎ペラペラの肌着と半ズボンで「さむい」

子どもが暑がってるし、
私も暑いから温度下げるね
と言っても、

え?
でも俺寒いんだけど
という主張。
じゃあ、服着てください。
終了。
そもそも体感温度違いすぎ問題
私自身はかなりの暑がりで、寒さには結構強いタイプ。
夫はその逆で、冬は「脚が冷えるんだよ〜」と暖房ガンガン。
体感温度が違うのは仕方ないんですよ。
だって他人なんだもん。
でも、それを理由に
自分の快適さを家族に押しつけるのは違うでしょ
って話で。
子ども優先じゃダメなんですか?
子どもは新陳代謝もいいし、
自分で体温調節がうまくできない。
だから、暑い環境のほうが
むしろ危険
なんですよね。
エアコンの設定って、
家族の中で一番体調を崩しやすい人に合わせてあげればいいのでは?
そのほうが私も都合が良くて嬉しいし(心の声)
なのに、なぜか
寒がりな俺に合わせるのが正解
という前提で動いてくる。
もはや多数決どころか、ただの独裁制。
自己中心はモラの入り口
「自分が寒いから」▶︎ エアコン温度を上げる
「おまえが暑がりすぎ」▶︎ 無効化
「子どもが汗かいてる?でも泣いてないでしょ?」▶︎ 無視
こういう積み重ねが、小さいようでいて、
家庭での他者への配慮を壊していく
んだなと実感します。
暑さに耐えるのはやめて、心にも風通しを
今はもう一緒に暮らしていないので、
エアコン温度戦争とは無縁になりました。
暑がりの子どもに合わせて快適な温度で暮らせる。
当たり前のことのようですが、
「安全で優しい家庭」
ってこういうことかも。
と思っています。
読んでくれたあなたに
同じ経験をした方が居たら、
うちだけじゃなかった
と、少しでも安心してもらえたら嬉しいです。
モラハラはエアコン温度ひとつにも現れる
夏が来る度、思い出すのでした。
一見小さな生活ルールにも、家庭内の決定権の偏りは現れます。その積み重ねについては、物語編でも描いています。
旅人が世界に託したひとしずくの力が、小瓶となりモラリアの地に届く。
量は問われない。小瓶はそっと物語の糧となり、時折、住人へ不思議な変化をもたらす。

